恵子さんは植物を育てるのが好きで、しょっちゅう肥料をあげたり植え替えたり水をやったり眺めたりしている。彼女の趣味は園芸か、というとそうでもなくて、どちらかといえば培養なのである。私の見る限りにおいては、彼女の一番好きな作業は、挿し木で、鹿沼土を敷きつめた挿し木専用の場所にむやみに枝を突き刺し、根を生やし増やしては鉢に植え替えて喜んでいる。だから庭は植物であふれかえっていて、家の中も植木鉢ばかりがやたらと並んでいて、私は植物が嫌いではないからむしろ心地よいのだけれど、それにしても、もう少し空間配置など考えたりしてもよいのではないかとも思う。父親は家の近くに土地を買って簡単な家庭菜園を作りたいらしい。土地を買ったとしても早々に恵子さんの植物で占領されることは想像に難くない。
 以前からゼラニウムがほしいと思っていたので、週末に実家に帰ったとき、ゼラニウムを呉れ、と恵子さんに言ってみた。ゼラニウムは安らぎを誘う良い匂いをしているらしいし、挿し木で増えるはずなので、数本の枝を持ち帰って土に挿せば簡単に増えるだろうと考えたのだ。実家のバスルームに巨大なゼラニウムの鉢植えがあることもすでに調査済みだった。だのに、恵子さんは、ゼラニウムあったはずだけど、どこにあるかしら、そんなものよりこのペパーミントを持って行きなさい良い匂いだから、と言い放つのである。いやお母さん、私はゼラニウムが欲しいのだけど、と重ねて私が主張しても、完璧なおばさんである恵子さんはいっさい聞く耳を持たず、いかにペパーミントが良いかを主張し続ける。それどころか、庭に出て、庭中にあふれる植物の中からいわゆるハーブを選び出し、これはいい匂いがするしすぐに増えるから、などと言いながらはさみでちょきちょき切っていく。そのくせその草の名前は忘れてしまっているのだ。恵子さんの言動をよく観察してみると、なぜペパーミントおよび数々のハーブを勧めるか判明した。つまり、どうやら、昨年か一昨年あたりに恵子さんの中でハーブ・ブームがあり、挿し木によってむやみやたらに増やした結果、庭のそこここらにハーブがはびこるようになった。すでにブームの去った今では、しぶとく増え続けるハーブはちょっとじゃまになり、でも植物培養家としては培養した植物を殺すことはできなくて、うっかりハーブが欲しいなどと口走る人がいたら押しつけようと目論んでいたところ私が欲しいというので親切にしてあげた、ということらしい。私が欲しかったのはゼラニウムなのだけど。
 そんな恵子さんは家族の反対にあってもめげずに植物を買ってくる。曰く、ホームセンターで売れ残った可哀想な植物を引き取ってあげている、のだそうだ。優しいですね。