学生放任主義のY教授は、ある院生の面倒を手取り足取り見てやった方がいいんじゃあないかと提案され、それに対して、キャラじゃないもん、と言い放った。

 私は生態学の研究をしているけれども、いわゆるエコロジー環境学保全学のようなものには全く興味がない。でも、就職をするためには、自分の研究が保全や人間活動とどのように結びついているのかについてアピールする必要が往々にしてあり、キャラじゃないんだけれども考えたりはしていた。今回、里山のインストラクターをするバイトの話が舞い込んで、お金が目当てで引き受けた。いざやるとなると、あまりにも知識がないので、付け刃でなんとかしたのだけれども、いろいろ調べたり森を歩いたりするうちに、里山での人間活動と自分の研究が繋がり始めた。

 例えば、林道脇によく生えているタカノツメやコシアブラは、春、山菜としてよく食べられてきた。春の山菜は、冬の間の野菜不足を補うために食べられることが多かったため、春の早い時期に葉を出したり、苦くない葉を持つ植物が対象になったと思われる。このような植物の特性は、人間に食べられるために獲得されたとは考えづらい。人間に自分を食べてもらうために、植物が身を挺してまだ寒い春のはじめに芽を膨らませているなどということはないだろう。春の早い時期に展葉する、という特性は、むしろ、早い時期に葉を出すことで競合植物との光を巡る競争を有利にするため、とか、寒くて昆虫が活動できない時期に葉を出すことで葉を食べられるリスクを減らすため、などといったような説明の方がわかりやすい。また、植食者の少ない春の初めであれば、植食者から身を守るために防御物質を作る必要もないだろう。防御物質とは、タンニンやアルカロイドの類のものであり、苦み成分のもととなったりする。というわけで、他の植物や動物との相互作用の中から進化した植物の特性を、人間はうまく見つけ出して、利用してきたのだ。

 植物の特性を人間が利用している例として、薬用植物の利用も挙げられる。例えば、私が研究しているヤナギは、昔から痛みを鎮める薬として用いられてきた。近代になって科学が発達して、ヤナギには、サリチル酸という物質が含まれいることがわかり、さらにこのサリチル酸が鎮痛の薬効を持つことがわかり、人工的に合成されたものがアスピリンとして商用化された。身近なところでは、サロンパスとかサロメチールとか、ああいった商品の中にヤナギ起源の物質が使われている。では、なぜヤナギはそういう物質を持つに至ったか、ということを考えると、これもまた、人間の歯痛を鎮めるためにヤナギががんばって作っているとは考えづらい。いまでは、研究が進んで、こういった物質は、植食者や菌からの被害を少なくするために獲得されたということがわかってきた。つまり、ヤナギが植食者等との相互作用の中で獲得した形質を、人間が巧妙に嗅ぎ付けて、うまく利用してきた、というわけである。こういった薬効を持つ植物は里山の中にも多くあり、リュウマチの治療に用いられてきたヤブニッケイなどがそれである。

 私は植物と植物を食べる者の関係が生物群集の中でどのように進化してきたか、について研究をしてきた。いままで、生物群集のなかに人間は含まれていなかったのだけれども、日本のような、山や森と人間が深く関わってきた場所での生物の生き様を知るためには、生物群集の中に人間を含める必要があるだろうし、生態学と人間の文化活動を一緒に考えるのは楽しそうでもある。ちょっとエコロジーっぽい話しすぎて、キャラじゃないけど。

http://mryanagi.hp.infoseek.co.jp/new_page_18.htm←このサイトはすごい。どうやってここまで調べたんだろう?
OTCの王者アスピリンのお話
http://www.bayer.co.jp/byl/cc/history/ver1.html
話題の薬

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